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広島高等裁判所 昭和55年(う)75号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判が確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用の全部及び当審における訴訟費用中証人石川時平、同角谷広に支給した分は、被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人山口高明並びに同久行敏夫、同坂田博英(連名)作成の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、弁護人山口高明の控訴趣意中、原判示第一及び第二事実に関する事実誤認の主張について

論旨は要するに、「原判決が業務上横領(原判示第一事実)及び背任(同判示第二事実)にあたると認定した各行為は、いずれも広島県粘土瓦協業組合の代表理事である被告人が、代表理事として有する一般的、抽象的権限に基づき、組合の名において被告人個人に対し仮払金又は立替金として現金を交付し又は小切手を振出したもので、通常の事務処理の範囲内の行為にとどまり、被告人には不法領得の意思も組合に対して損害を加える目的もなく、また、組合に財産上の損害を加えていないから、業務上の横領行為はもとより背任行為にもあたらない。すなわち、右組合においては、組合資金の管理保管について厳格な制約はなく、従前から、組合員が資金繰りに窮した場合には組合から仮払金、立替金として資金の融通を受け、反対に組合の資金繰りが悪化した場合には組合員が組合に金員を融通し、適宜組合と組合員間の債権債務を相殺処理する慣行があったところ、本件は、被告人個人が、後日精算する意図のもとに、右慣行に従い代表理事である被告人から組合資金の融通を受けたもので、右借受金はいずれも当該各会計年度内に精算されている。してみれば、業務上横領及び背任の事実を認めた原判決は、事実を誤認したものでこれが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない。」というのである。

そこで、記録を精査して検討すると、原審及び当審で取調べた証拠によれば、

(1)、被告人は、昭和四四年四月三〇日から昭和五四年二月二日までの間、粘土瓦の製造、販売を目的とする広島県粘土瓦協業組合(以下、瓦協組合という)の代表理事として、瓦協組合の為、同組合の業務全般を統括し、同組合の財産の管理、金銭の出納、手形小切手の振出等の業務に従事するとともに、右業務の執行に際し、定款等の定め及び総会、理事会の決議を遵守し、瓦協組合の為誠実にその職務を執行すべき任務を有していたこと、

(2)、瓦協組合における経理、殊に支出に関しては、直接の事務担当者である宮川一二三が、被告人の具体的指示に基づいて現金を支出し、又は組合名義の小切手を作成し、その都度、組合の帳簿に記入して処理していたこと、

(3)、被告人は、昭和四九年春ころ、自宅の新築を計画し、それに要する建築資金として合計約九三七万円余を住宅金融公庫など金融機関から借り受けたが、なお相当額が不足する状態にあったところ、右不足分及び右借受金の返済などについては、随時瓦協組合の資金から立替支出し、後日、右組合から受け取る役員報酬などから適宜右組合に返済しようと考えて、昭和五〇年一〇月ころには自宅を新築して入居した。そして、被告人が、右不足分又は借受金の支払などにあてるため、瓦協組合の現金などを取得した具体的状況は次のとおりであること、

(イ)、昭和五〇年一〇月三〇日、自宅建築費用の一部を支払うため、宮川に対し、自己の用途に使用することを告げて組合名義の額面五〇万円、同三〇万円、同二五万円の小切手三通を作成させたうえ、同日、これを原判示瓦協組合事務所で受け取り、うち額面五〇万円及び同二五万円の小切手二通を同日原判示広島銀行甲立支店で現金化して原判示別紙犯罪一覧表(以下、別表という)(一)番号1、2各備考欄記載のように使用し、残る額面三〇万円の小切手一通を別表(二)番号1犯行の態様欄記載のように沖田稔雄に交付した

(ロ)、同年一二月三〇日、自宅建築費用の一部を支払うため、前記組合事務所で、自ら組合名義の額面二〇万円、同一九万九八七〇円、同二〇万五〇〇〇円の小切手三通を作成したうえ、これらを別表(二)番号2ないし4各犯行の態様欄記載のように沖田稔雄ほか二名に交付し、翌五一年一月七日ころ、宮川に右小切手三通振出しの趣旨、経過を話して帳簿処理を命じた

(ハ)、昭和五一年六月二九日、自己及び妻の税金などにあてるため、宮川に対しその旨を告げて組合名義の額面三六万円の小切手を作成させたうえ、同日、これを前記組合事務所で受け取り、前記広島銀行甲立支店で現金化して別表(一)番号7備考欄記載のように使用した

(ニ)、同年九月二五日、自宅建築費用の一部を支払うため、宮川に対しその旨を告げて組合名義の額面四一万五〇〇〇円の小切手を作成させたうえ、同日、これを前記組合事務所で受け取り、別表(二)番号5犯行の態様欄記載のように岡武行に交付した

(ホ)、別表(一)番号3ないし6、8ないし16記載の各日時、自己の金融機関からの借受金の返済に利用していた自己名義の広島銀行甲立支店預金口座に不足額を振込むため、宮川に対しその旨を告げて、組合名義の額面一二万六〇九〇円、同三万一五〇〇円の小切手二通を作成させたうえ、いずれも各記載の日時に前記組合事務所で受け取ったほか、各記載の現金を各記載の日に支出させて同組合事務所で受け取り、これを右預金口座に振込んで住宅ローンの返済に充当した

(ヘ)、同年一一月二四日ころ、前記組合事務所において、原判示第二、二記載のように、自己が自宅新築のため平田守から買受けた柱材の代金債務六〇万円につき、平田からその免除を受けるのと引換えに、同人の瓦協組合に対する債務のうち六〇万円を免除した

(4)、宮川は、(3)、(イ)記載の小切手三通については仮払金勘定で、(3)、(ロ)ないし(ホ)の小切手及び現金についてはいずれも立替金勘定でその都度処理していた。もっとも、右(3)、(イ)の処理については、後日、瓦協組合の経理関係を担当していた池上会計事務所係員によって立替金勘定に振替えられたこと

(5)、右のように、被告人が瓦協組合から組合の資金を自己の用途に使用するため、仮払金勘定、立替金勘定で受け取ったのは、前記(3)(イ)ないし(ホ)の事例のみでなく、昭和五〇年四月二日以降でも、これを含めて合計一六六回に及んでいるが、右組合においては、被告人以外の組合員が被告人と同様仮払金勘定などで処理する方法で、個人的用途に充てるために組合の資金を借受けている事例も存在すること、

(6)、被告人は、本件当時、瓦協組合の代表理事として月額四三万五〇〇〇円ないし五七万円の報酬を得ていたほか、自己が代表取締役である株式会社「窯建」から月額約一九万円の報酬を得ていたが、前記金融機関からの借受金の返済分が月額二四万四九四七円あるほか、組合からの仮払金、立替金の返済に追われていた。本件当時における被告人の瓦協組合に対する仮払金、立替金債務を会計年度でみると、昭和五〇年会計年度(昭和五〇年四月一日から昭和五一年三月三一日まで)で立替金分二五九万三一七五円、仮払金分五三一万六二二三円(うち前年度繰越分三六万九二八八円)、昭和五一年度(昭和五一年四月一日から昭和五二年三月三一日まで)で立替金分三六七万三四五六円、仮払金分三二八万五五〇九円の多額にのぼり、一方、被告人の精算状況をみると、まず、昭和五〇年会計年度では立替金分のうち九三万九三八〇円を前記窯建に対する立替金に振替えたほかは全額精算し、仮払金分のうち五二三万四七五三円を精算し、昭和五一年会計年度では立替金分のうち二一二万七一三七円を、仮払金分のうち三二〇万四〇三九円をそれぞれ精算しているが精算の具体的情況としては、昭和五〇年一一月に八万円、同年一二月に二五万円、昭和五一年一月に二一万円、同年三月に三二万円、同年九月に二〇万円、同年一一月に二五万三〇〇〇円をそれぞれ瓦協組合に返済していることは明らかであるが、それ以外の精算方法ははっきりとしないこと、

以上の事実を認めることができる。

右事実関係に基づいて、まず原判決が業務上横領行為にあたると判示した前記(3)、(イ)のうち額面五〇万円及び同二五万円の各小切手の現金化、(3)、(ハ)の小切手の現金化及び(3)、(ホ)の二通の小切手の広島銀行甲立支店の被告人預金口座への振り込み及び各現金の取得が、業務上横領行為か否かを検討する。前記(1)、(2)認定の事実によれば、被告人が瓦協組合の代表理事として、同組合経理担当者宮川が保管する現金及び広島銀行甲立支店の瓦協組合の口座の預金について業務上占有していることは疑いない。しかし、これらの各行為が、いずれも不法領得の意思でなされた領得行為であるとまでは認め難いといわざるを得ない。すなわち、前記(3)認定事実によれば、被告人は、右各行為のいずれにおいても、代表理事としてその金銭の出納に関する権限に基づき、組合の計算において、仮払金、立替金勘定で被告人個人の用途にあてるため、組合の現金を支出し、又は組合名義の小切手を振出したもので(右行為が代表理事としての任務に違背しているか否かはしばらく措く)あるから、被告人個人がこれを受け取った以後においては、組合のために保管するという関係にはなく、自己の用途にあてるための占有というべく、したがって、横領行為かどうかは、被告人が前記組合事務所で現金又は小切手を受領し、又は小切手三通を作成取得した時点で判断すべきところ、瓦協組合においては、組合がその資金を組合員のために一時的に融通することは皆無ではなく、被告人も、また、組合の資金を一時借り受けて後日精算する意図のもとに前記経理上の手続を得て現金及び小切手を取得しているのであるから、委託者であり、かつ、所有者である組合のこれら現金又は小切手資金に対する権利を排除して、これを自己のものと同様に処分する所謂不法領得の意思に基づく領得行為とまでは認め難いのである。

しかし、被告人は瓦協組合の代表理事として、組合のために誠実に任務を執行すべき義務を有するところ、組合の資産を、組合の本来の目的である瓦の製造、販売とは直接かかわりのない組合員に一時的に融通すること及び自己の債務免除を得ると引換えに組合に対する債務者の債務を免除することが、組合の代表理事本来の任務に背く行為であることはいうまでもなく、被告人も捜査官に対する各供述調書においてこれを認めているところである。そして、後日精算する意思があったとしても、被告人個人に対する組合資産の融通は多数回、多額にわたるうえ、当時の被告人の報酬と被告人の債務とを比較すれば、他の理事らに相談することもなく、自らの個人的用途のために、借用の時点ではその精算が必ずしも確実でない状態で、組合の現金又は小切手資金を右のような債権に変えるのであるから、経済的効用の面からみて組合財産を減少させて組合に財産上の損害を与えたことにほかならず、前認定の事実によれば、被告人にその認識があったと認められるところであり、かつ、右各行為が被告人個人の利益を図る目的に出たことも明らかである。してみれば、会計年度末には被告人の瓦協組合に対する債務の大部分が精算されているとしても、行為時の状況と当時の被告人の経済状態を考慮すれば、前記(3)、(ヘ)の行為は勿論であるが、(3)、(イ)ないし(ホ)の各行為は、原判決が業務上横領とした部分を含め、その全てが瓦協組合の代表理事としての任務に背き、自己の利益を図る目的で瓦協組合に財産上の損害を加えた背任行為と認めるのが相当である。

したがって、原判示第一事実について業務上横領罪の成立を認めた原判決には事実の誤認があり、論旨はこの限度で理由があるが、背任罪も成立しないとの論旨は理由がない。

二、弁護人山口高明の控訴趣意中、原判示第三事実に関する事実誤認の主張について

論旨は要するに、「被告人は、原判示瓦協組合豊栄工場について工場抵当法に基づく工場財団所有権保存登記を申請するにあたり、同工場に設置してあった原判示別紙犯罪一覧表(三)記載の各機械装置類の各所有者から、右各機械装置類を瓦協組合所有の工場財団組成物件として、所有権保存登記申請書に添付する工場財団目録に記載することの了解を得ていた。したがって、被告人がした原判示登記申請及び同判示登記官をして工場財団登記簿にその旨の記載をさせてこれを備え付けさせて行使した行為は、横領はもとより公正証書原本不実記載、同行使にあたらないにもかかわらず、被告人に対し、右各事実を認定した原判決は、事実を誤認したものでこれが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない。」というのである。

そこで、記録を精査し、原審及び当審で取調べた証拠をあわせると、

(1)、被告人は、瓦協組合代表理事として、昭和五〇年秋ごろから瓦協組合が生産する瓦の大量化、自動化を実現するため、同組合豊栄工場を新設することを企画し、これに要する資金約二億円については、広島県中小企業近代化資金貸付規則に基づく共同施設資金、中小企業金融公庫からの融資金などで調達することとして、同年一〇月一四日に広島県に対し右共同施設資金八〇〇〇万円の貸付申請をするなど、資金調達手続を進める一方、豊栄工場内に設置する瓦製造用機械装置類の購入のため、昭和五一年一月ころから窯業機械の設計、製作、施工、販売を業とする株式会社石川時鉄工所、日大工業株式会社などを訪れてその準備を続けていたこと、

(2)、その結果、被告人は瓦協組合の代表理事として、(イ)、株式会社石川時鉄工所との間に、昭和五一年一一月ころ、同社所有の機械装置類を代金完済までは所有権を同社に留保する旨の所有権留保特約付で購入する売買契約及び機械装置類設置契約を締結し、その後機械装置類の追加、変更を経て、昭和五二年四月に最終的には原判示別紙犯罪一覧表(以下、別表という)(三)番号6ないし9、15ないし19を含む機械装置類を代金合計三八四〇万円で購入し、(ロ)、日大工業株式会社との間に、昭和五一年一一月ころ同社所有の機械装置類を前同様所有権留保特約付で購入する売買契約及び設置契約を締結し、その後機械装置類の追加、変更を経て、昭和五二年五月に最終的には別表(三)番号1ないし5、20ないし24を含む機械装置類を代金合計六二四二万八〇〇〇円で購入し、購入した機械装置類はそのころ豊栄工場内に設置されたこと、

(3)、ところで、右工場新設に要する費用が当初の予定を超えて約三億円に達する見込みとなり、かつ、右機械装置類の代金支払にも窮していたので、被告人は当座の支払を少なくするため、株式会社日本リースとの間で、前記(2)記載の機械装置類の一部の代金支払を同社に肩代りして貰うとともに、今西産業株式会社などから購入して工場内に設置されていた別表(三)番号10ないし14の機械装置類についても前同様肩代りして貰って、これらの機械類を日本リースから賃借するリース契約の交渉をした結果、昭和五二年五月及び八月の二回にわたり、日本リースが代金の支払を肩代りしてその所有権を取得した別表(三)番号1ないし14を含む機械装置類を、賃料一ヶ月合計二一八万八二五〇円、賃借期間七二ヶ月とするリース契約を締結した。

(4)、一方、瓦協組合は、昭和五二年四月に広島県から共同施設資金として八〇〇〇万円、同年七月に中小企業金融公庫から五〇〇〇万円などの融資を受けたが、右工場新設に要する金額には遠く、前記(2)、(イ)、(ロ)で購入した機械装置類の代金を完済するにも十分でなく、同年一〇月当時、石川時鉄工所に対して一三一八万円、日大工業に対して四四三八万円の残債務を負担していた。

(5)、被告人は、昭和五二年一〇月二五日ころ、瓦協組合豊栄工場につき工場抵当法に基づく工場財団所有権保存登記を申請するにあたり、別表(三)記載の各機械装置類についても、瓦協組合の所有に属する工場財団組成物件として、登記申請書に添付する工場財団目録に記載したうえ、原判示広島法務局東広島支局において情を知らない司法書士を介して同支局登記官に提出し、その後工場抵当法二四条所定の公告手続を経て、同年一二月八日、同支局において、情を知らない同支局登記官をして、同支局備え付けの工場財団登記簿にその旨の記載をさせて同支局内に備え付けさせたこと

以上の事実を認めることができる。右事実関係によれば、被告人が瓦協組合の代表理事として日大工業ほか二社から預り保管中の別表(三)記載の各機械装置類を、被告人において瓦協組合所有の物件として前記工場財団組成物件に組み入れたことは明らかであるところ、所論にかんがみ、日大工業ほか所有者の了承があったか否かを検討する。

まず、日大工業の関係につき検討すると、同社の代表取締役である酒井英行は、当審において、被告人と機械装置類の売買交渉をしていた際、被告人から口頭で、広島県から融資を受けるため本件機械装置類を工場財団組成物件に組み入れ、広島県に担保として提供したいとの申出を受け、これを了承した旨証言している。もっとも、日大工業の取締役である栗田紀久の検察官及び司法警察員に対する各供述調書によれば、瓦協組合との契約に際し、右のような了承をしたことはない旨の供述記載がみられるが、右酒井の証言及び栗田の当審における証言をあわせると、栗田は本件取引に直接関与しておらず、右捜査官に対する供述も、作成された契約書に基づいてしたものと認められるから、前記酒井の証言の信用性を損うものではなく、他に、酒井の前記証言の信用性を否定すべき的確な証拠はみあたらない。検察官は、当審における弁論において酒井が自ら被害届を出していること及び工場財団組成物件に組み入れられれば、売主として極めて不安定な状態におかれて代金支払の確保がおぼつかなくなるのであるから、かかる重要な事項を口頭で了解することは一般経験則に反し、不自然で信用できない旨主張する。しかし、当審で取調べた酒井英行作成の被害届をみると、その内容はきわめて抽象的で到底酒井の前記証言を左右するものとは認められず、また、酒井の右証言によれば、本件機械装置類は、これを工場内に一旦取り付けたのち撤去した場合には、その価格が半減する性質のもので、もともと所有権を留保していても、それによる担保的価値は、容易に回収し得る物件と比較して低く、むしろ取り付けた状態のままで担保物件として活用した方がより効果的であると認められ、これによれば、酒井の口頭による右了解も直ちに不自然なものといえないから、検察官の主張は採るを得ない。してみれば、日大工業は、その所有する物件を工場財団組成物件に組み入れることを了解していたと認められる。

次に、石川時鉄工所の関係につき検討すると、石川時鉄工所の代表取締役である石川時平は、当審において、本件契約の前か後かはっきりしないが、被告人から電話で機械装置類を抵当に入れたいが了解して欲しいと依頼されて了承した旨証言している。もっとも、同人の司法警察員に対する供述調書によれば、同人は捜査官に対し、本件機械装置類は代金完済までは所有権が石川時鉄工所に帰属しているのに、被告人が勝手に所有権保存登記をして抵当に入れた旨述べていることが認められるけれども、石川の前記証言によれば、同人の電話による了承は代金を支払って貰うためには抵当に入れられても仕方がないと思って了承したもので、同人としては、瓦協組合名義の所有権保存登記をされるとは思っていなかったというのであるから、同人の前記証言と右供述調書の記載が相矛盾するものではなく、石川が通常の形態による担保を予測し、その範囲内で了承したことまでを否定することはできない。してみれば、石川時鉄工所は、その所有する物件を通常の担保として提供する範囲内では了承したが、瓦協組合が所有者として工場財団組成物件に組み入れることまで了承したとは認められない。

最後に、日本リースの関係について検討する。永福裕の司法警察員に対する供述調書、浅田等の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によれば、日本リースは、その所有し、瓦協組合に賃貸していた各機械装置類について、いかなる形態においても担保物件とすることを了承していないと認められる。所論は、日本リースに関する機械装置類についても日大工業又は石川時鉄工所の場合と同様、財団組成物件に組み入れることの了承があったもので、そうでなければ了承のあった日大工業及び石川時鉄工所所有の機械装置類を了承されていない日本リースに肩代りさせる筈がない旨主張し、被告人の当審における供述中には右にそう供述部分がある。しかし、瓦協組合と日本リースとの間の法律関係は、日大工業及び石川時鉄工所との間のそれとその形態を異にし、七二ヶ月という長期の賃貸借契約であること、被告人も、当初捜査官に対して日大工業及び石川時鉄工所関係の横領を否認していた当時においても、日本リース関係の物件については、担保物件とすることの承諾がなかったことを認めていたこと、日本リース所有の機械装置類については、瓦協組合は賃借権を有しているから、日大工業又は石川時鉄工所の所有物件に対する使用貸借と異り、賃借権そのものを財団組成物件とすることが可能であって、リース業者とすれば、仮に工場抵当に関する話合いがなされていたとすれば、まず賃借権そのものを担保とする交渉がなされるとみられるところ、被告人の当審における供述中には、かかる形跡が一切窺えないことなどに徴し、被告人の右供述は前記各供述調書と比照してにわかに措信することができない。所論は採るを得ない。

以上の認定したところによれば、被告人は、日本リースの所有にかかる別紙(三)番号1ないし14の物件については、瓦協組合が所有権を有すると偽り、前記(5)認定のように工場財団組成物件として工場財団目録に記載し、工場財団所有権保存登記申請書の添付書類として提出してあたかも右各機械装置類につき所有権を有するかのような内容虚偽の登記申請をし、工場財団登記簿にその旨の不実の記載をさせ、これを備付けさせて行使するとともに右機械装置類を横領したといわざるを得ない。しかし、日大工業所有の機械装置類については、被告人が日大工業から右物件を工場財団組成物件に組み入れることの了承を得ていたところであるから、被告人の行為は横領行為にあたらないというべく、石川時鉄工所所有の機械装置類については、被告人は同会社が了承した通常の担保形態を超えて、右物件が組合の所有であるとして前記(5)認定の行為に出たものであるから、外形的には領得行為にあたるといわなければならないが、被告人の当審公判廷における供述によれば、被告人は石川時鉄工所からも工場財団抵当物件に組み入れることについての了承があったと考えていたことが認められ、もともと、被告人が広島県に前記(1)認定の共同施設資金の貸付申請をした際に広島県から工場に設置した機械装置類については工場財団組成物件として工場財団を設定するよういわれていたこと、日大工業からは工場財団組成物件に組み入れることの了承を受けていたことなどに徴すれば、石川時平の前記了承を工場財団組成物件とすることの了承と考えたとしても不自然ではないから、結局、不法領得の意思を欠き、横領罪が成立しないといわなければならない。そこで進んで、右日大工業及び石川時鉄工所所有の機械装置類について公正証書原本不実記載、同行使罪が成立するかどうかを検討してみると、右各機械装置類についても、これを工場財団目録に記載すれば、工場財団の所有権保存登記がされることによって右記載は登記とみなされるから、日大工業及び石川時鉄工所の所有に属するのに瓦協組合所有名義の登記が存在することとなり、外形的には不実の記載がなされているとみられないこともない。しかし、日大工業の関係でみると、同社は工場財団組成物件とすることを了承することによって、工場財団抵当の手続上不可欠な所有権保存登記を経由することも了承したというべく、してみれば、被告人と日大工業との間においては瓦協組合が所有する物件として財団目録に記載することは何ら実体とそごするところはなく、工場財団抵当権者との関係においても、登記されている以上その効力は財団目録記載の物件に及び何らの支障がないことなどに徴すれば、実質的にみて登記の公の信用を害するものとはいえないから、違法性を欠き、公正証書原本不実記載及同行使の各罪は成立しないと解するのが相当である。なお、石川時鉄工所の関係については、同社は、同社所有の物件につき被告人が瓦協組合の所有として財団目録に記載することを了承していないのであるから、日大工業の場合と異り、右各罪は成立すると解するのが相当である。

してみれば、別表(三)番号15ないし24の機械装置類については横領罪は成立せず、また、同番号20ないし24の機械装置類については公正証書原本不実記載、同行使罪も成立しないのに、別表(三)記載の機械装置類全部について、横領、公正証書原本不実記載、同行使の各罪の成立を認めた原判決は事実を誤認したものといわざるを得ない。

三、以上の次第で、原判決には、前説示の事実誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

そこで、弁護人久行敏夫、同坂田博英の量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所において次のとおり判決する。なお、本件審理の経過等にかんがみると、業務上横領の起訴に対し、背任を認定するのは、被告人の防禦権を何ら損うものではないから、訴因の変更手続を必要としないと解する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四四年四月三〇日から昭和五四年二月二日までの間、粘土瓦の製造、販売を目的とする広島県粘土瓦協業組合の代表理事として、右瓦協組合のため、同組合の業務全般を統括し、同組合の財産の管理、金銭の出納、手形・小切手の振出等の業務に従事するとともに、右業務執行に際し、定款等の定め及び総会・理事会の決議を遵守し、同組合のため誠実にその職務を執行すべき任務を有していたものであるが、

第一、自己が昭和五一年一〇月ごろに新築した自宅の建設資金の不足分、及び右自宅新築のため住宅金融公庫など金融機関から借り受けた金員の返済などにあてるため、前記任務に背き、自己の利益を図り瓦協組合に損害を加える目的で、

一、別紙一覧表(一)記載のとおり、昭和五〇年一〇月三〇日から昭和五一年一二月七日までの間前後二一回にわたり、広島県高田郡甲田町大字下小原二一五三番地の一所在の瓦協組合事務所において、同組合の保有する現金合計四六万五五〇〇円を無担保で自己に貸付け、組合振出名義の小切手一〇通(額面合計二五八万七四六〇円)を作成して沖田ポンプ店経営者沖田稔雄外三名に交付し、又は自ら現金化し、

二、昭和五一年一一月二四日ころ、前記組合事務所において、平田木材店経営者平田守に対し、被告人が自宅新築のため同人から買受けた柱材の代金債務六〇万円につき、同人からその支払の免除を受けるのと引換えに、同人の同組合に対する瓦買掛債務一八一万一二一一円のうち六〇万相当の支払を免除し、

もって瓦協組合に対し、合計三六五万二九六〇円の財産上の損害を加え、

第二、昭和五二年五月三一日及び同年八月三一日の二回にわたり、株式会社日本リースから、同社所有の別紙一覧表(二)番号1ないし14記載の機械装置類を、賃料一ヶ月合計二一八万八二五〇円、賃借期間七二ヶ月との約定で賃借するとともに、昭和五一年一一月ころから昭和五二年五月ころまでの間に株式会社石川時鉄工所から同社所有の同表(二)番号15ないし19記載の機械装置類を所有権留保の特約付で買い受け、いずれも瓦協組合豊栄工場内に設置してこれを預り保管中、昭和五二年一〇月二五日ころ、右豊栄工場につき、工場抵当法に基づく工場財団所有権保存登記を申請するにあたり、右各機械装置類を同組合が所有権を有するものと偽り、工場財団組成物件として工場財団目録に記載したうえ、広島県東広島市西条昭和町一二二〇番地の一所在広島法務局東広島支局において、情を知らない司法書士伊藤光夫をして、同支局登記官に対し、工場財団所有権保存登記申請書の添付書類として右工場財団目録を提出させ、あたかも瓦協組合が右各機械装置類につき所有権を有するかのような内容虚偽の登記申請をし、その後、官報による公告手続を経て、同年一二月八日、同支局において、情を知らない同支局登記官をして同支局備え付けの工場財団登記簿にその旨不実の記載をさせ、即時これを同支局内に備え付けさせて行使するとともに、同表(二)番号1ないし14の機械装置類を横領したものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示所為中、判示第一の各所為は各刑法二四七条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同第二の所為中、公正証書原本不実記載の点は刑法一五七条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、不実記載公正証書原本行使の点は刑法一五八条一項、一五七条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、横領の点は刑法二五二条一項にそれぞれ該当するところ、不実記載公正証書原本行使と横領とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であり、公正証書原本不実記載と不実記載公正証書原本行使との間には手段結果の関係があるから、同法五四条一項前段、後段、一〇条により、結局以上を一罪として最も犯情の重い横領罪の刑で処断することとし、右各背任罪については所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の最も重い横領罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で処断すべきところ、被告人は瓦協組合の代表理事の地位にありながら、同組合の資金を自己の用途にあてるため、長期間にわたり合計三六五万円余を自己宛に貸付けて使用したもので、同組合を私物化する傾向が強かったことは否定できず、これに、賃借中の機械装置類を所有者に無断で工場財団組成物件に組み入れて工場財団抵当権者の担保物件として提供し、その被害額も少くないことなどを考慮すれば、被告人の刑責は軽視できないけれども、被告人がこれまで瓦協組合の発展のために努力してきたこと、機械装置類の横領は私利私欲のためでなく、瓦協組合のためであること、背任行為によって瓦協組合に与えた損害については、合計一六〇万円を弁済するなど誠意を示し、同組合も被告人を宥恕してその余の債権を放棄していること、被告人にはこれまで前科はなく、本件を反省していること、被告人の年齢、家庭の情況などを斟酌したうえ、被告人を懲役一年六月に処し、前記情状により同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から四年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用の全部及び当審における訴訟費用中証人石川時平、同角谷広に支給した分については、刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。

なお、本件公訴事実のうち、被告人が日大工業株式会社及び株式会社石川時鉄工所所有の機械装置類(昭和五四年九月五日付起訴状別紙一覧表番号14ないし24)を横領したとの点及び日大工業株式会社所有の機械装置類(前記一覧表番号20ないし24)について瓦協組合の所有と偽って内容虚偽の登記を申請し、広島法務局東広島支局登記官をして工場財団登記簿に不実の記載をさせてこれを同所に備付けさせて行使したとの点は、前説示のとおり犯罪の証明がないが、右のうち、横領の点は「罪となるべき事実」に判示する横領と一個の行為で数個の罪名に触れる関係にあり、公正証書原本不実記載とその行使の事実は、「罪となるべき事実」に判示する公正証書原本不実記載、同行使罪の一部にかかるものであるから、主文において特に無罪の言渡しをしない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 干場義秋 裁判官 荒木恒平 堀内信明)

〈以下省略〉

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